2015年5月17日日曜日

ディープラーニング 人間は「オジャマ虫」とか 「いらんことしい」 にされてしまうのか?

 人工知能自体が、何をすべきか判断できるようになって、ディープラーニングで高速、かつ正確に、最適な答えを出していき、人間自体も、コンピューターがどんなアルゴリズムでその答えにいたったのか、わからないとなると。「オジャマ虫」とか「いらんことしい」とか・・が、人間に残される仕事になるのだろうか?

 人工知能が、人間が直面している課題を自動的に拾い集め、分析し、どんどん発明とかで解決。

何が、どうなったときに、技術的特異点が発生しているのか、の定義だね。

コンピューター同士が将棋をしていて、変に人間が介入すると名勝負が崩されるとか?

それも人間側のレベルにもよる。

個人的には、すでに。

まあ、対抗するという発想の時期は、過ぎたのだろう。

9ドルのパソコンが普及すると、また変わってくる。

ウエラブルも進んでいるし。
ユビキタスも近い。

小型化もすごいので。

いや、こういう感じだからこそ、コンピュータを使いこなす側であるということを自覚?
使いこなす?

あまりに高度になりすぎて、「使いこなす」という実感も得られなくなるかもね。

「うまく利用する。」という感じかな。

パソコンが安くなるとFMラジオまで、飲み込んでいく可能性があるらしい。びっくり。

電卓並みに安くなるのかなあ。

シンギュラリティで何が起こるかさえ、予測できなかったりして。

まず、ウエラブルになると誰が指輪型パソコンをしているとか、イヤリング型パソコンをしているとか、まずユーザーの見分けがつかなくなるよ。



シンギュラリティとアセンションの関係とか。

なんか 次元の問題な気もするんだよなあ。

空気や水のように、自然に生活の中に溶け込んでいって・・・・というかんじかなあ。

人工物でも歯の詰め物とか めがねとか。

靴とか 服とかもそうだよね。

どんな服をつくるのか?どんな靴をつくるのか?は、自分のそのときの体型が決めるようになるかもね。

3Dプリンタもあるし。

自分でデザインとか選んだら、自分のコピーロボがベルトコンベアーに乗っている内に服ができる。

3分間写真のような感じで、自分のモデリング用コピーロボを電脳空間内に持つかもね。

徹底的に個人情報を提供して、割引を受けるほうが得?

とかなんとか いっている このブログの記事も コピーロボのひとつだよね。





2015年5月11日月曜日

5・7・5 選んでみたら みな機械

俳句

俳句などは非常にコボル君的に思える。
まあ、組み合わせは、かなりたくさんあるのだろうが。
どじている問題に思える。
少なくとも広辞苑的に閉じている問題とか。
大辞林的に閉じているとか。

閉じている問題は、やがて ゼロとイチの中の無限の中に沈められるのではないか?

仮に僕が 俳句の選者で、選んだ俳句が すべて 機械による自動生成だったことが判明したら・・・。僕の選者としての立場はどうなるのだろうか?

あるいは、人工知能が選んだ作品は、人工知能特有の癖が出るものなのだろうか?

将棋にしても 囲碁にしても それは閉じている問題に思える。


閉じていない問題 広がる選択肢問題にしても、ワトソン君が料理レシピにチャレンジしているらしい。多様な選択肢の提示、選択肢の開発自体、コンピュータなしには・・・・

今日は山に行くべきか
今日は海に行くべきか
今日は街に出かけるか

コンピューターが僕の好みを知り尽くし、外的な環境を分析し、いくつかの選択肢を提案してくれる。

其の仕事は 僕のことを知り尽くした、僕のコンピューターにしかできない仕事である。


エモーションキャプチャー

モーションキャプチャーで身体の動きをキャプチャー
エモーションキャプチャーで感情の動きをキャプチャー。

エモーションキャプチャーで精神活動を記録して それを再現できるだろうか?

いや、 キャプチャーし再現するだけでなく 人工知能の分析により 僕より僕らしく振舞うだろうか?

こうしてブログを書くことも、ひとつの身体拡張で、自分の分身を作っている行為といえる。


ドローンがピザを運ぶ。
マネーは世界を駆け巡る。
マネーのパワーゲーム。
資金力 開発力。

ひとびとはいったい何と競争しているのだろうか?




2015年5月6日水曜日

ミツバチ的端末ボーイ

シンギュラリティー
 ハード面
  一個のチップがそれ自身の性能を上回るものを作る。
  自動学習によって。
  高性能再生産
  一個のチップがそれ自身の学習機能によって、自身を上回る性能のチップを安価に生産するマザーマシンまで設計する。
  一個のチップがそれ自身の学習機能によってマザーファクトリーまで設計する。

   チップからチップ
   チップからマザーマシン
   チップからマザーファクトリー

とか、どの状態を達成すれば、コンピューターが進化したことになるのか定義というか指標というか、何かが必要だ。

  人間社会でも、父親を上回る努力、上の世代を超えようとする努力が、常になされていて、それが、社会の発展、進化に大きく寄与しているように思われる。

 コンピューターの立場に立ってみると、それは植物的進化の仕方で、人間はまるでミツバチのようだ。人間を介して進化、再生産、拡大しているように見える。

 コンピューター自身が新たなコンピューターの開発を自ら行っているわけではないが、人間を介して、十分アシストしている、と考えられる。

 コンピューターが自ら学習し、特許レベルのものを自分で生み出すことができるだろうか?
 つまり、コンピューターが技術的思想を生み出すことができるか?ということだ。

 現時点で料理を考え出すワトソン君とか、ゲームを攻略するDQNとかだと、可能性がある。

メモリーとか、ハードディスク、記憶技術が安くなっていて。
ネットのデータベースはまるで女王のようだ。
ネットのデータベースは膨大で、有限ではあるが、十分に大きな数字になっていて、ほとんど無限ではないかと錯覚するほどだ。
(時折、不可思議な虚無感に襲われる。)
(自分もできの悪いミツバチの一匹ではないのか?)
(せっせとネット上の蜜を運ぶかのごとく記事を書いても、さして喜ばれていないのではないか?)


計算速度でも一秒間に一京回とか言われても想像できない。

コンピュータの進化、変異の速度が、ショウジョウバエレベルの世代交代スピードなのか、ウイルスレベルの変異スピードなのか、見当もつかない。
いつか、人間にも手に負えないスピードで、何かが起こるのではないか?
社会全体がコンピュータに依存しすぎて、事故が発生するときに、とんでもない規模でおこるのではないか?とか。
たとえば、原発の問題もそうで、電車、船、飛行機などの大量輸送での事故も規模が大きくなりやすい。(まあ、その分安全のプロがたくさんいるんだろうけども)


同じ性能のコンピューターを使っても、すごい人はすごいのだろうな。
同じ本を読んでもすごい人はすごいし。
同じ人に会ってもすごい人はすごいよ。


ハード面で気になっていることは脳とのリンクだね。
昆虫の脳を電極で操作してラジコンみたいに遊んでる研究があるみたいだけど、ほんとに怖い。
人間に応用されてラジコンみたいに操作されたら本とに嫌だ。


 ソフト面
ソフト面できになていることかあ。
たとえば、グーグルグラスと東ロボくんが一体となっためがねができたときに、其のメガネが問題用紙を読み取り、たちどころに回答をささやいてくれるときに、補助具として認められるか問題。

そして、それが補助具として認められたら、その新しい機能のついためがねをしている人ばかりが合格して、問題は其のめがねを買えるかどうかにかかってしまうとか。

めがねじゃなくてもペンのサイズでそれが実現したときに、鉛筆にこだわる必要性とか。

究極的には体内に記憶媒体を埋め込んでカンニングする人を防ぐために金属探知機で受験生をチェックするのだろうか?

アップルウォッチは受験会場でははずせ、といわれるだろう。

すでに、イヤリングとか指輪レベルでも怪しい。
市販してくれるかどうかさえ、わかりゃしない。

科学技術の発展は、文化や習慣さえ、変えうる可能性を持っている。

そうだ、ソフト面で気になっていることは、顔、名前認証というか。
個人的な話で恐縮だが、人の顔と名前を覚えるのが、そんなに得意ではないのだ。
だからといって、コンピューターにたより過ぎるのもいかがなものか、とか。

初対面の人の顔と名前を覚えるとか、人間関係の構築の上でもっとも初動的な行為だけに、気になってしまうのだ。

以前の記事では 鍵として 『判断力』をあげた。

今回の鍵は 『自己制御力』
機械と人間の主従関係において人間が制御できているうちはいいが。

人間が人工知能に任せているのか、それとも制御されているのか?とか。
人間が人工知能に制御されたら、おしまいだが。
技術的にできなくもないところにきているらしい。
まったく、うすら寒い話しだ。

究極のウエラブル、ユビキタスコンピューターは 歯とか つめとか 髪の毛とかを記憶媒体として
利用し、刺青が二次元コードとかになるだろう。

歯医者さんとかネイルアーティスト、美容師が、最先端のコンピュータを扱うかもしれない。しかも芸術的に。

ソフト面で気になることは、株式とかの自動売買ソフト。
このソフトがハイパフォーマンスをあげながら自動で資産を増やしてくれるとなると・・・・。
下手に人間が手を出さないほうがいい状態。
極相的シンギュラリティー。
皿回し完結的シンギュラリティーが発生するのではないか。
お金を稼ぐこと自体、皿回しの曲芸より簡単になるかもしれない。

それか、お金をたくさん稼ぐのは、ごく一部の専門職の仕事になるかも知れない。

どういうわけか、お金を稼ぐ人は、限られていて、しかもとんでもなく稼ぐ傾向があるので。

電子的レジストリ数値の書き換えは、本当に、そんなに重要なことなのだろうか?

以上、ミツバチ的端末ボーイの寝言でした。